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サマリヤ 理事長挨拶


 1945年8月15日(70年前)敗戦。

 私は、その年の翌年に母の胎内に宿った。母は終戦をラジオ放送で知った。今日からは戦争のない安堵の暮らしが始まると心から喜び、安心したのだと幾度となく子たちに語り聞かし、平和こそが大切なのだと育てられた。すでに、その母も逝った。

 「サマリヤ」に暮らすお年寄りの殆どは降伏の模様を知っていて、戦争がどれほど理不尽で痛みの多いことかを延々教えてくれる。

 認知症がすすんだGさんは、自らの居場所さえ認識できない日が続いている。

 「天皇さんがね、戦争に負けたとおっしゃったよ」

 「ほんとだよ、万歳、万歳」と、笑顔満面はしゃぎ喜び、戦いに敗れた状況を鮮明に説明してくれる。

 Gさんにとって、若いころの戦争体験(敗戦がラジオで流れた時の様子)が、どれほど苦痛だったか、忘れられない記憶として脳裏に鮮明なのだろう、時折、感極まって泣きだすこともある。Gさんの夫は陸軍で戦死。幼い子供を抱えた戦時中どれほど苦難の中で辛い思いを余儀なくされたか、聴き入る私も、もらい泣き涙が溢れる。

 戦争の恐ろしさを知らない戦後生まれの私たちに、Gさんは、二度と戦争を繰り返してはいけない、日本の平和のために力を尽くして貰いたいという強いメッセージを全身全霊で訴えているに違いないと職員たち

 「そうよ、Gさんのいう通り」と膝を屈め握手、しっかり抱くとGさんは穏やかになる。

 さて、母は、終末を特別養護老人ホームでお世話になり、そこで召された。母の人生は、時代に翻弄されながらも前向きに生き、晩年、人の世話がなければ用を足すことも難しい身になって、認知症は幸いかな、辛かった昔の出来事を忘れさせてくれた。娘の顔を忘れた母のことを「我が子を忘れるなんて」と会う度に泣いた。けれど、ホームで暮らす日々は平安で満たされ、認知症の症状が進むほど、穏やかとなり慈しみ深い言動へ変ってゆくのが読み取れた。私は、心底、幸多かれと祈った。

 今年(2015年3月11日)祈願の老人福祉施設100床が移転増床され、続いて総責任を拝命。利用者とその家族そして職員一同と共に、穏やかで喜びに満ち溢れた運営に尽力したいと深く切望する。

兼間 道子